「市民ネットワークちば」は,行政を批判するだけや、お任せ型の市民をやめて、自治する市民になることを目指しています。

それは市民が主役のまちづくりをすすめることでもあります。

そして、私たちは自治する市民からの政策提案について、市民の代理として議会で発言する「代理人」を送り出してきました。

代理人は会派「市民ネットワーク」として議会活動し、議会をつうじて得られる市政の情報を市民に戻します。

市民ネットワークでは以下の3つのルールを掲げています。

  1. 議員はローテーション
    市民ネットワークの議員は原則2期で交代し、職業化、特権化しません。議員終了後は、市民活動などに 経験を生かします。
  2. 議員報酬は市民の活動費
     議員報酬は市民の調査活動資金として使います。お金の流れはすべて公開します。
  3. 選挙はすべて手づくりで
    市民のための政治は、市民参加の選挙から。選挙は市民のカンパとボランティアで行ないます。

市民ネットの政策集「市民ネットが目指すまちづくり」

千葉で代理人が生まれるまで

生協やPTA活動に携わるなかで、子どもや暮らしを取り巻く環境に疑問を感じていた女性たちが集まり、1990年に千葉市で「市民ネットワークちば」という市民団体を作りました。

なんかおかしいんじゃない?

当時,千葉市のごみ行政は,ダストボックスに何でもかんでも入れてしまえばそれで終わりの無分別収集。おまけに焼却や最終処分場もパニック状態で、処分しきれないごみを青森まで運び、ひんしゅくを買うというお粗末なものでした。生協活動で有価物回収をすすめる一方、焼却や埋め立てるごみを減らし、リサイクルできるものは分別して資源として再利用するよう、市に要望も行いました。

福祉についても「千葉で年はとれない」というのが定評でした。たすけあいグループで高齢者や障害者のケアに携わる中で見えてきた問題を解決しなければ、千葉では安心して老後を過ごせないことがわかりました。

千葉市では,子育て中の親が学ぶ場がほとんど無し.公民館では小さい子どもはお断りだし,保育つきの企画も当時は皆無。東京都でよく聞く「児童館」なんてものは千葉市のどこを探したってありません。最近では子育て中のお母さんたちがコミュニケーションする場も生まれているらしいですが,当時は砂場で子どもを見ながらお母さん同士がおしゃべりするのが唯一のストレス発散でした。

子どもや家族の健康も大きな関心事。添加物や農薬、放射能照射ジャガイモ等の食品のことや飲み水など、口に入り身体に影響を与えるものだけに、安全性が心配です。おのずと学校給食も気になります。最近では種の壁を超えた「遺伝子組換え食品」が市場に出回ってきているようですが,人類にとってはたして正しい選択なのか疑問を持たざるを得ません。当面は消費者が購入の際に選択できるよう、表示の義務を国に働きかけていきます。

こんなふうに暮らしから発したことを解決するにはどうしたらよいのだろうか?行政や政治家の意識が変われば、きっと市政も変わるんだろうけど・・・でも、行政の幹部も市議会議員もほとんどが男性。こんなこと話しても、なかなかわかってもらえないだろうし・・・。いつまでもお願いしてお任せしているのもどうかと思うしね。それなら自分たちの中から、政策決定の場であるし議会に議員を送り出してしまうのが、一番早い問題解決への道ではないだろうか。  

1991年4月、千葉市に「市民ネットワークちば」の初めての代理人、竹内悦子と岩橋百合の2人が誕生しました。  

そうして・・・

  • 1995年 竹内悦子、岩橋百合、田平康子、谷口多恵の4人が当選
  • 1999年 竹内悦子、田平康子、谷口多恵、山口晴美、高野晴美、中村久美子の6名が市議に当選。
                  岩橋百合は県議に
  • 2001年 稲毛区市議補欠選挙で常賀かづ子が当選。代理人は7人に
  • 2003年 長谷川弘美、湯浅美和子、常賀かづ子、小西由希子、高野晴美、山口晴美、福谷章子が当選し、全6区から代理人誕生
  • 2007年 長谷川弘美、湯浅美和子、常賀かづ子、小西由希子、福谷章子、山田京子が当選
  • 2011年 湯浅美和子、山田京子が当選
  • 2015年 松井佳代子、岩﨑明子、渡辺忍が当選